便利さは何のために
国の政策により,小中学生が1人に1台タブレット端末を用いて学ぶことになった。
届いたタブレットに,1人1人のアカウントとパスワードを入力する。
当方はICT好きで,機器の便利さを知っているので,勇んで楽しみながら作業をしていた。
ところが・・・である。
徐々に不安が募ってきたのである。
「あっ!そうか!」という本気の驚きの声。ノートに何か書きながら「うーん・・・。」と頭を掻き掻き,考えを練る姿。友の発表を聞き逃すまいと必死に耳を傾けながら友を見つめる眼差し。体育で試合をしたとき,互いに応援しながら,素晴らしい動きを見て感動した思い出・・・。そういった温かくもたくましい姿が,強烈な懐かしさと共に思い浮かんでしまったのである。また見られるのか?という思いと共に。
タブレット端末は確かに便利だ。しかし,その便利さは一体何のためにあるのか。どんな子どもを育てるためにあるのか。便利さという一時的なことを追い求めることで,遠くにある肝心の目的を忘れてはならないのである。